走行メーター巻戻しとユーザーの権利
ユーザーが販売店から買った自動車には、走行距離が3万㎞のメーター表示がされていましたが、実際の走行距離は6万㎞であることが判明しました。
①
ユーザーは自動車を販売店に引取ってもらい、売買代金の返還を受けられるでしょうか。また、損害賠償を請求することができるでしょうか。
②
巻戻しが判明したのは最近で、すでにユーザーは購入後1年経過し1万㎞乗っていました。販売店はユーザーの①の要望に応じた場合、ユーザーに1年間の使用料を請求することができるでしょうか。できるとしたら、どのように算定したらよいでしょうか。
設問①について
メーターの巻戻しによって実際は6万㎞の走行経歴を持っていたという契約内容の不適合箇所がこの自動車にはあります。
そしてAさんは3万㎞しか走っていない品質、性能をその車に期待するという契約の目的を達することができないのですから、販売店は契約不適合責任(旧法:瑕疵担保責任)を負います。
そうなるとAさんから契約を解除され、代金の返還ならびに登録の費用や保険料をAさんが支出しているときはそれらの賠償を請求されることになります。
ただし、Aさんはメーター巻戻しの事実を知ってから1年以内にこの請求をしなくてはならないのが原則です(例外は、販売店がメーター巻戻しを知っていた場合など。民法566条)。
また、Aさんは錯誤による契約の取消しを主張することもできます。
設問②について
メーター巻戻しの事実を知らないで自動車を買ったユーザーは、錯誤による取消し、販売店がメーター巻戻しを知っていてユーザーをだまして販売していた場合には詐欺による取消しを主張し、自動車を返して代金の支払いを免れることができます。
そして、錯誤による取消し、詐欺であった場合の取消しをしたユーザーは、民法121条の2によって、代金の返還を請求する権利を取得すると共に、「相手方を原状に復させる義務」を負います。そのため、ユーザーは自動車を返還する必要があります。
なお、「原状に復させる義務」として、ユーザーが自動車の返還のみならず、1年間車両を使用していたことによる使用料または使用によって減損した価値相当額の返還を要するか否かについては、この使用料などの返還を肯定する裁判例・判例もありますが、他方で「善意の占有者は、占有物から生じる果実を取得する」と定めた民法189条1項などの規定を根拠に返還義務を否定する裁判例も存在します。
そのため、事案によってはユーザーに対する使用料などの返還請求が認められることもありえますが、ユーザーに対して使用料などの請求ができるか否かは慎重な検討が必要です。
特に、錯誤取消や詐欺取消などの原状回復義務を定めた民法121条の2の規定には、受領時から利息や果実を返還する義務を定める規定がありませんので、極めて慎重な検討が必要となります。
メーター巻戻しは「契約不適合責任」にあたる
メーターの表示が過去の実際の走行距離と合致しているかどうかは通常人が容易に知り得ることではありません。
このように、売買の対象となった特定物に(中古車は新車と異なり一物一価であることから、全く同じ程度の別な物を手に入れることはできませんので、原則として代替性はなく、したがってその売買は特定物売買にあたります)契約内容とは異なる欠陥、不具合があった場合に販売者側が負う責任を、「契約不適合責任」といいます。
売買の対象となった特定物に不具合等があり、それによって契約をした目的を達成することができないとき等には、買主は契約を解除し代金の返還を売主に求めることができます(旧法:瑕疵担保責任)。
メーターの巻戻しによって本当の走行距離が隠された自動車では、偽りのメーター数が表しているような性能、価値を持つことができません。
またメーターの巻戻しに気が付かなかったユーザーに不注意があったということもできません。ですから、メーターの巻戻しが発見された場合には、買主は代金減額請求、契約解除・代金返還請求などができるのが原則といえます。
錯誤
自動車の売買契約に「錯誤」があった場合、錯誤に陥って契約した当事者は契約の取消しを主張することができます(民法95条)。
錯誤とは、それがなかったら契約締結をしないのが通常であろうと考えられる程度の重要な契約内容についての思い違いのことをいいます。
自動車の走行距離は性能、価値を表す重要な指標ですから、それについての思い違いは錯誤に当たるといって良いので、巻戻されたメーターの表示によってその自動車の実際の走行距離を思い違いしたユーザーは、契約の取消しを主張できることになります。