契約成立後のキャンセルと手付金

契約成立後のキャンセルと手付金

Aさんは、販売店の店頭で気に入った中古車を見つけ、代金100万円でこれを買うことにしました。
そこで早速注文書に署名、捺印したうえ、エアロパーツ取付や整備を依頼し、手付金として10万円を支払いました。
残りの残金は5日後に自動車の引渡しを受ける際に支払うということで、一度帰宅しました。
しかし、帰宅後、せっかくAさんが気に入っていたクルマのことを話すと、色々な理由で家族全員に反対されました。
なんとなく不安になったAさんは、2日後契約をキャンセルしたいと販売店に申し出ます。
一方、販売店はAさんからの注文を受けた日のうちに、エアロパーツ取付や整備の作業をすでに開始していました。

 この場合、販売店はAさんの申し入れに応じなければならないでしょうか。

 解約に応じなければならない場合、受領済みの手付金はどうなるでしょうか。

 エアロパーツの取付けや整備の作業のために販売店は10万円以上の費用をかけました。
手付金以外にその分の損害をAさんに請求できるでしょうか。

 

契約成立後の解約

 売買契約がまだ成立していない場合は、申込者(Aさん)は自由にその申込みを撤回し、契約をしないで済ませることができます。
但し、一旦契約が成立してしまうと、契約当事者は一方的に契約をキャンセル(解除・解約)することは原則としてできません。
契約を解除・解約するには、相手方に契約違反があってそれが是正されない場合か、途中で契約を取り止めにすることを双方があらかじめ合意している場合に限られるのです。

手付金・頭金・内金・申込金・申込証拠金

 売買契約に関して買主から売主に少額の金銭が支払われることがしばしばあります。
それらを大別すると、契約締結に際して支払われるもの(手付金、頭金、内金)と契約締結行為に先立って、将来の契約締結の順番を確保するために授受されるもの(申込証拠金)とがあります。
申込証拠金というのは不動産の現地販売でよくやり取りされるものですが、その授受があっても購入希望者はまだ正式に契約の申込みをしたのではありませんから、その後でも契約をするかどうかを自由に決められます。
 これに対して、手付金、頭金、内金という趣旨で金銭が授受された場合には、その支払者は契約締結行為(申込みまたは承諾)をしたとみられるのが通常です。
その場合には、手付金などの金銭授受の時点で契約が成立し、したがって契約当事者は以後これに拘束されることになります。
(中販連監修、準拠確認済みの自動車注文書を用いてする自動車売買にあっては、申込金の授受があっても直ちに契約は成立せず、後に一定の条件が整って、始めて契約が成立するとされています。)
 しかし、手付金が授受された場合には、契約成立後であっても当事者の一方は、相手方が契約の履行に着手するまでは、手付金を放棄するか、これを倍返しして契約を解除することができます(民法557条1項)。
契約に際して授受された金銭が手付金かそうでないかは各契約で個別に判断するしかありませんが、手付金は上に述べたように契約の解除権を留保するという特別の効果を伴うものですから、手付金であることが明確である場合にのみ手付金として扱われることになります。

違約金

 売買契約などで契約に違反した者は一定額を違約金として相手方に支払うと定めている例があります。
また、違反した場合には手付金を没収する、手付金を倍返ししなければならないと定めている場合も少なくありません。
これらは「違約の定め」といって、契約の中で双方が特にそのことを合意して設けられるものです。
この違約の定めをすると、違反した者は相手方に対して相手方の実際の損害額がいくらかにかかわりなくその違反金を支払わなくてはいけないのが原則です。
 しかし、違約金の定めはそのことを双方が特に合意する必要があることは上に述べた通りですから、単に手付金としての金銭の授受があっただけでは、手付没収とか手付倍返しとかの、違約金の定めをしたことになりません。
 なお、2001(平成13)年に消費者契約法が施行されてから、事業者と消費者が行う契約については、違約金についての定めを注文書特約事項で記載していても平均的な損害を超える部分については無効とされました(同法第9条)。
そのため、違約の定めが無効となる場合には、契約で定めておいた違約金の額を請求することはできません。
この場合に、事業者がユーザーに損害賠償請求できる費用の範囲は、一般的な営業行為を除いた、車庫証明費用や消費者から注文されたワンオフものの特別なオプションや特殊整備等、いわゆる実費(次の購入者に転嫁できない性質のもの)とされるのが通常です(中販連監修の自動車注文書では、このことを「注文者は、都合で申込みを撤回し、販売者に損害を与えた場合には、通常生じる範囲のものに限り、販売者に損害を賠償するものとします(注文者の故意・過失に基づかない場合を除く)。」と定めています。)。

設例の場合

 Aさんは注文書に署名、捺印した上で手付金も支払ったのですから、一般の取引なら契約は成立したとみられるでしょう。
 なお、中販連監修、準拠確認済みの注文書を用いた中古自動車の売買では、現金売買(残金一括決済)の場合でも、自動車の引渡し、登録もしくは注文に基づく架装がなされたときに契約が成立するとされています。
本設例では販売店はAさんの解約申入れ以前にAさんの注文に基づくエアロパーツ取付作業などを始めていますから、Aさんが署名したのが中販連監修、準拠確認済み注文書であっても、契約は成立していることになります。

設問①について

 手付金が授受されている場合、契約当事者は手付放棄または手付倍返しをして契約を解約できますが、それは相手方が契約の履行に着手する前に解約を申し出た場合に限られることは前に説明した通りです。
 設問①では、販売店はAさんの注文に基づいて架装作業を開始していますから、すでに契約の履行に着手していることになり、したがってAさんは契約の解除はできません(手付解除を申し入れても無効です)。

設問②について

 設問①で説明したようにAさんの解約申入れは無効ですから、あくまでも解約を主張して決められた期日に残代金を支払うのを拒否することは債務不履行になり、販売店はそれを理由に売買契約を解約することができます。同時に販売店はAさんに損害賠償の請求ができます(民法415条、545条4項)。
 そして設例4-1-5の場合、Aさんは10万円の手付金を支払っていますが、違約の場合にはこれを没収するという約束は特になされていなかったようですから、販売店は当然に(損害があってもなくても)10万円を没収できるのではなく、実際の損害額に基づいてこれをAさんに請求しなくてはなりません。

設問③について

 設問③では、販売店は10万円以上の損害があったというのですから、手付金を没収(相殺)した上に、それを超える分の損害をもAさんに請求できます。
ただし、どのような損害がいくら発生したといえるかについて、資料及び明細を使用するなどして丁寧な説明をすることが重要です。